鞆の四季「春」の物語り
春の訪れを、さいしょに鞆に告げるのは、
びょうと吹き付ける春一番の南風、じゃあない。
鞆の人びとは、「町歩き」から、春の気配を感じ取る。
華やかに鞆の町並みを彩る、春の色。
―お雛様たちだ。
例年、二月に入ると開催される「鞆・町並ひな祭」。
歴史的な鞆の町が、桃色の春化粧を施して、
甘やかな春の香りを、瀬戸内の海に届ける。
鞆の四季「春」の物語り
温暖で雨量の少ない瀬戸内海。
そのほぼ中央に位置する鞆の浦も、
もちろん、そういった瀬戸内の気候の中で季節を廻らす。
春。仙酔、弁天、皇后と、
鞆の浦から眺める島嶼(とうしょ)は、
瀬戸内の穏やかな海の中にあって、
やわらかい日差しを受けながら、やさしくきらめく。
鞆の四季「春」の物語り
穏やかな鞆の春の日和の中、
花見がてら、ぼくはぶらりと散歩する。
明圓寺を右手に眺めながら、石畳の上り坂を辿っていく。
階段をゆっくり上りきると、医王寺に至る。
鞆の町並みをすっかり望める高台にあって、桜を愉しむ。
その、ぜいたく。
鞆には桜の名所が多い。
沼名前神社に鞆城跡、安国寺の夜桜ライトアップも、すてきだ。
でも、ささやかながら、ぼくのおすすめ。
鞆小学校の校舎の桜。
やっぱり、学び舎に桜は、よく似合う。
鞆の四季「春」の物語り
ぼくは散歩を続ける。
大可島へと足を伸ばし、圓福寺に続く坂道を上っていく。
その坂道の途中で、たくさんのねこたちに会った。
ほんとうにたくさんの、ねこたち。
鞆は港町だから、ねこが多い。
野良だって、食事には困らないのだ。
こんにちは、鞆ねこくんたち。
彼らは、にゃあと言って返事をした。
春の日差しで温まった体を、冷たい石畳にすりつけて、ひやり。
気持ちいいみたいだ。
きみたちも、春を待ちわびていたんだね。
鞆の四季「春」の物語り
桜が花開き、ねこが陽気に目を細める頃になると、
鮮やかな桜色をした真鯛は、産卵のために瀬戸内の海に帰ってくる。
そして、五月。
鞆の浦では、古式に則った鯛縛網がお披露目と相成る。
船の上では、勇壮な男たちが樽太鼓を叩き、
乙姫が大漁を祈願して竜宮の舞を踊る。
指揮船に率いられて、鯛網船団は沖に出る。
「イエーホーイエーホー!」
勇壮な掛け声と共に、櫓を漕ぎ、網を引く。
桜色に輝く鯛が、網の上で旺盛に飛沫を上げる。
「ヨーヤッタ、ヨーヤッタァ!」「タイリョー大漁ォ!」
掛け声はいよいよ熱気を帯び、大漁旗は音を立てて風にたなびく。
一網千両。
―古き佳き伝統漁法を今に伝える、鞆の皐月の年中行事。
鞆の四季「春」の物語り
梅雨入り前の五月。
鞆の浦では「夏」の風物詩が、「春」の夜を華やかに彩る。
ひと足早い花火大会。
弁天島から打ち上げられる花火は、
夜の空だけでなく、宵の黒い海も鮮やかな色で染め抜いて、
見る者の目を二重に愉しませてくれる。
夜店が軒を連ねる祝祭的な賑わいの中で、
ぼくは酔ったような心地になって、港町の夜空を見上げる。
……ひゅるるる、どーんどん。
花火の響き―初夏の足音。
鞆の四季「春」の物語り
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