社会福祉士 村上理沙さん

鞆は故郷から遠く離れた町
でもここには同じ魅力がある

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村上理沙さんの物語り

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社会福祉士 村上理沙さんの物語り

鞆小学校での敬老会

鞆の浦のお年寄りが大集合

鞆の浦のお年寄りが大集合

ここは鞆小学校。
寺院が建ち並ぶ通りから急な坂を上った所にある、
この町で唯一の小学校だ。
運動場からは海がよく見え、爽やかな潮風が頬をなでる。

今日は敬老の日で、 鞆小学校で敬老会のイベントが行われている。

イベントの出演者の中に、
鞆の浦で就職するために東京から移住してきた人がいると聞き、
お話しを聞きたくてやって来た。

社会福祉士の村上理沙さん。
この春から、介護施設「さくらホーム」で働いているそうだ。

敬老会の会場は、校舎の裏手にある体育館。
すでに始まっていて、たくさんのお年寄りが集まっていた。

配布されているプログラムを見ると、
鞆に住んでいる90歳以上のお年寄りは40人以上、とある。
そのうち100歳以上は4人で、最高齢者はなんと102歳!

介護施設に入っている人もいるが、
元気で一人暮らしをしているお年寄りも多いそうだ。
鞆の浦は、年をとっても住みやすい町なのだろう。

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社会福祉士 村上理沙さんの物語り

音楽と体操で
長寿を願う

お年寄りを元気づけるホルンの響き

和太鼓、日本舞踊、フォークダンスなど、敬老会の演目は
多彩で、お年寄り達も楽しんでいる様子。

「次は、音楽に合わせて体操をしましょう」
という進行役のアナウンスとともに、ギターや打楽器のボンゴ、
三味線を持った演奏者が現れた。
管楽器のホルンを携えた、村上さんの姿もある。
中学生の頃からホルンを始めたという村上さん。演奏歴は
10年以上だそう。

音楽に合わせて体操をしながら、お年寄り達はだんだん笑顔に
なってきた。軽快なリズムと明るい歌詞のおかげだろう。

ひとりぼっちでどうするの? そんな弱気でどうするの!
あきらめないで めげないで きみの周りを見てごらん
ひとりじゃないよ 今日からは みんなの笑顔の花が咲く
一歩前に踏み出せば 景色も変わる 世界も変わる
結果オーライ 結果オーライ 結果オ~ライ♪

村上さんも最初は緊張した面持ちだったけれど、最後には
笑みがこぼれていた。
演奏終了後は、拍手喝采。
最後列で観ていたさくらホームの利用者やスタッフからは、
特に熱い拍手が送られていた。

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介護実習で
訪れた鞆の浦

その人らしさを尊重する介護を体験

村上さんは大阪の下町出身。
10歳で東京へ引っ越すことになり、
そのまま東京の大学へ進学した。専攻は、教育福祉学。
社会福祉サービスの実習先として、鞆の浦・さくらホームを選んだ。

さくらホームはグループホームなどのサービスのほかに、
小規模多機能居宅介護も実施している。
これは、施設への「通い」や「訪問」、「泊まり」などを
利用者に合った形で組み合わせる介護サービスだ。

村上さんは実習でたくさんの印象的な体験をしたという。

「施設におられる時は会話がかみ合わない利用者さんでも、
家を訪問すると、しっかりされてたりするんです。全然違いますね。
家にいると優しくて、外に出ると気を張って厳しくなる人も
いはって……やっぱり家っていいんやなぁって思いました」

また、さくらホームは、施設完結型の介護をするのではなく、
お年寄りと地域の人をつなげるようなケアをしている。
そんなさくらホームでの経験は、村上さんの心に深く刻まれた。

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自分はどこで
働きたい?

鞆に住むことを決意した理由

実習後、様々な職場を知るためにボランティアをしたという村上さん。

「東京でも評判の良い特養(特別養護老人ホーム)に
ボランティアに行ったりしたんですけど……、
さくらホームとはだいぶ違っていました」

自分がどこで働きたいかと考えた時に、
施設の中だけで介護するというスタイルに疑問が湧いてきたそうだ。

そして模索した末に、さくらホームに就職することになった。
大学卒業後、鞆の浦へ引っ越し、道越地区に家を借りて住んでいる。

鞆に住んでみてどうですか、と尋ねてみると、村上さんは
にっこり笑ってこう言った。
「もう、永住したいなって思ってます!」

移住後、数カ月でそんなふうに思うなんて、
よほど鞆の水が合ったのだろうか?

「そうですね。一緒に実習に来た埼玉出身の同級生は、
鞆は景色が綺麗ですごくいい所だけど、小さな町だけに人間関係が大変そうって
言ってました。でも私は、全然大丈夫!」

むしろ、子ども時代を過ごした大阪の下町を思い出すんです、と
村上さんは微笑んだ。

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鞆の浦を自分の
故郷にしたい

ふるさとと同じ空気がここにはある

「大阪にいた時は、ヒョウ柄の服を着た賑やかなおばちゃんが
商店街とかにいっぱいいて、可愛がってくれてたんです。
鞆にも、ヒョウ柄は着てないけど、そういうおばちゃんがたくさん
いて、懐かしい~と思いました」

もともと村上さんが住んでいた大阪の町には、
もう親戚や知り合いもおらず、「故郷」とは思えなくなったそうだ。
今は大阪を訪れても、自分を「部外者」だと感じるという。
長く住んでいた東京も、関西弁を話す自分にとっては、
やはり地元という感覚ではなかった。

村上さんが言う「賑やかなおばちゃん達」と付き合うのは
大変そうだと思う人もいるかもしれない。
でも村上さんにとって、そんなおばちゃん達は、故郷を思い出させて
くれる温かい存在。

子ども時代の故郷はなくなっても、この鞆の浦に自分の故郷と同じ
空気がある。村上さんはそんなふうに感じたのだろう。

「だから、鞆を故郷にしたいなぁって思うんです」

村上さんは優しい口調でありながらも、きっぱりと言った。
「自分は何を選びたいか」ということをしっかりと理解している
ように見えた。

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祭りでさらに
深まる町への想い

想いは自然と地域の人へ伝わっていく

地域の祭りも、村上さんにとって魅力のようだ。

「たくさんの人が集まって、早くから準備をして――。
こんなに町ぐるみでお祭りをする所、まだあるんやぁって思って、
最初はびっくりしました」

ただ、村上さんはお酒が飲めないとのこと。
お祭りの時の宴会に参加するのは大変なのではないだろうか?

「いやいや、お酒を飲めなくても、全然大丈夫なんです。
地域の人も、お酒は飲まれへんかったら飲まんでいいって
言ってくれはるんで、飲まずに楽しんでます」

後日、秋祭りの宴会の席にいる村上さんを見かけたけれど、
お酒を飲んでいないにもかかわらず、地元のおじさん達と
一緒に盛り上がっていた。
村上さんはその場を心から楽しんでおり、地元の人も村上さんが
可愛くてしかたないといった様子だ。

それもそのはず。
村上さんの「この町を故郷にしたい」という気持ち。
これほど、地元の人にとって嬉しいことはないだろう。

たとえ言葉に出していなくても、町の人は村上さんの気持ちを
感じ取っているだろう。
そうなると誰もが、村上さんのことを可愛がりたくなって
しまうに違いないのだ。

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  • Text : 豊原美奈
  • Photograph : Nipponia Nippon

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