徳永医院 徳永敬さん

その存在が安心感をもたらす
頼れる「町のお医者さん」

徳永医院
徳永敬さんの物語り

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徳永医院 徳永敬さんの物語り

カメラを持って歩く
男性の正体は?

親しみやすく、頼りになる存在

「はい、こっち向いて~!」

鞆の浦の介護施設「さくらホーム」の前にいると、
カメラを持った初老の男性に声を掛けられた。
帽子をかぶり、人懐っこい笑顔を浮かべている。

言われるままに、さくらホームの介護スタッフや
地域の人と一緒にポーズをとり、パチリ。

地域の人が笑いながら言う。
「徳永先生は白衣を着とらんと、一瞬、誰か分らんなぁ!
先生はいっつもカメラを持っとってねぇ。
よくこの辺を散歩してらっしゃるんよ」

どうやら地元のお医者さんのようだ。
徳永医院の徳永敬先生。
知る人ぞ知る「フットワークが軽いドクター」で、
もう20年以上、鞆の浦の地域医療に携わっているそうだ。

「うちに容態の気になる利用者さんがいると、
散歩のついでに様子を見に来てくれたりするんですよ」
と、さくらホームのスタッフが教えてくれた。

「まぁ、腰が軽いんでね。必要だったらすぐ来ますよ」
と徳永先生。

介護スタッフと徳永先生とのやりとりを聞いていると、
深い信頼関係が結ばれているのが感じられる。

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徳永医院 徳永敬さんの物語り

鞆の浦で地域医療に
携わって三代目

変わったことと、変わらないこと

徳永医院は、鞆の浦の西町地区にある。
現在62歳の徳永敬先生は、徳永医院の副院長。
院長は徳永先生の父親だそうで、御年、92歳。

徳永先生が、うちは代々医者なんですよ、と教えてくれた。

「曾祖父の代から医者をやっとってね。
祖父の代から鞆に来たらしいですわ。
僕は色んな病院で働いてきて、
ここに戻ってきたのは22年くらい前かなぁ」

その頃に比べると、町の様子は大きく変わったことだろう。

「そうですねぇ。まず人口が減ってますからねぇ。
まぁでも患者さんとの関わり方はそんなに変わらないですよ」

時代は変わり、人口が減っても、
鞆の浦の地域医療には変わらないものがある。
徳永医院では、昔から行っている往診を今も続けており、
別の地域から来た人には
「往診をしてもらえるんですか!」
と驚かれることもあるそうだ。

「ところで、これ知ってます?」
突然、徳永先生が何か細長いものを取り出した。
「これで往診の様子を撮ったりしてるんですよ」

先生が見せてくれたのは、360度カメラだった。
「これで撮るとね、その場に居る全員が映るんですよ~。
ボタン一つでネット上にアップすることもできてね…」

徳永先生は嬉しそうに、360度カメラの説明を始めた。
これは、かなりのカメラ好きのようだ。

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写真を撮ることで
結ばれる信頼関係

携帯を忘れても、カメラは忘れない!

徳永先生はスマートフォンを取り出して、
360度カメラで撮った往診の様子を見せてくれた。

カメラがお好きなんですね!
と言うと、照れ笑いを浮かべながら
「いやぁ、物覚えが悪いんでね。
外部記憶装置に入れとるだけですよ」
とのこと。

カメラはいつも持ち歩いており、
携帯電話は忘れてもカメラは忘れないそうだ。
患者や地域の人達の写真を撮ることが多く、気が向いたら
プリントしてみんなに配っているという。

そんな先生のカメラ好きは、思わぬところでも役に立つ。
こんなエピソードがある。

ある時、徳永先生の患者だったお年寄りが、
救急車で搬送されることになった。
その人はさくらホームの利用者で、家族はその場にいない。

先生は、持っていたカメラで搬送の様子を撮り、
後日その写真を家族に見せながら状況を説明した。

家族は「その時の様子が分かって良かった。
こうやって先生がそばで見守って
くれているのだと思って安心した」そうだ。

徳永先生は「なんでもかんでも撮っているだけ」と言うが、
撮ることによって信頼関係が育まれ、
その信頼関係があるからこそ、撮れるものがあるのだろう。

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地域医療で
医師ができること

それは診療だけじゃない

鞆の浦のように高齢者が多い町で、医師の果たす役割は大きい。
近所に頼りになる医師がいるということは、
体調を崩しがちな高齢者にとっても安心だが、
その高齢者をケアする、
介護スタッフにとってもありがたいことだ。

介護スタッフは介護のプロだが、診察のプロではない。
「だから、さくらホームの利用者の
容態が変わった時なんか、大変ですよね。
僕らにとったら、まぁ様子を見ようかと思うような
症状でも、慣れとらん介護職の人だったら
『どうしよう!』ってなるでしょう」

そういう時、徳永先生はできる限りさくらホームに顔を出して、
介護スタッフに病状の説明をする。

「もちろん、患者さんを診るために行くんですけど、
介護している人が安心できるようにしないとねぇ」

これは介護職にとって、かなりありがたい配慮だろう。

そして、介護者と医療者の連携ができていると感じる。

徳永先生は毎月、介護に携わる関係者が集まる
「SFネット」という会に参加しているという。
20数年前から続いている会で、
もともとは徳永先生が立ち上げたものだそうだ。
地域の介護や医療について議論したり、
現場の様子について情報を共有したりする場になっている。

そして何より、「顔の見える連携」の維持に役立っているという。
顔を合わせることでお互いに信頼でき、
必要なケアを連携して行っていけるようになるのだ。

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介護職を支え、
患者の家族も支える

これも医師が果たす役割のひとつ

徳永先生は「看取り」の現場では特に医師の配慮が必要だと話す。

「昔は、家で亡くなる人が多かったから、
家族の看取りを経験した人も多かったんだけど、
今の介護スタッフはそういう経験がないじゃないですか。
だから慣れていないんです。
でも、介護している時に急にその人の容態が変わることもある。
食事や入浴の介助をしている時とかね。
どんな時でも急に悪化して亡くなる場合があるんですけど、
それについて前もって介護スタッフに言っておいたりします。
そうしないと、スタッフが自分を責めてしまったりするでしょう。
もちろん、そういうことは家族にも伝えておきますよ」

それも医師の役割だと徳永先生は言う。

「でも、もうさくらホームの介護スタッフも、
色々分かってきたみたいでね。
利用者さんの家族が、『さくらホームで看取ってください』
と言うことも多いみたいです。
さくらホームは本当によくやってくれてますから、助かりますよ。
日本でトップラスの介護施設だと思います」

徳永先生のように、
医師が介護スタッフを意識的にサポートするということは、
すでに介護業界で一般的になっていることなのだろうか?

「いやいや、僕らは医者の中でも変わってるほうですよ」
と徳永先生は笑った。

「まぁ、大病院は病気を治すことが大事だし。
スタッフや家族をサポートするのは限界があるでしょう。
地域の医者はすぐにパッと訪問できたりするからね。
それが良いところです」

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自分らしい旅立ちができる町

支えてくれる人がいるからこそ

徳永先生は、これからの「看取り」についても語ってくれた。

「今は、厚生労働省が看取りも含めて在宅医療を推進してるでしょう。
でもなかなか難しい。
亡くなる時は病院で、というイメージがまだまだ強いからね。
在宅や施設での看取りを本人が納得していても、
離れて住む家族から、『どうして病院に連れて行かなかったんだ?』
と怒られることもあるんです」

どのように人生の最期を迎えるかについて
本人が自分で決めて、家族に伝えておく必要があるのだ。

「鞆も昔は家で看取るのが当たり前だったんですけどね。
亡くなりそうになると親戚中が呼ばれて宴会をしたりすることも
多かったですよ」

そんな風に賑やかに見送ってもらうのもいいなぁ、と思う。

「そうやって意志表明をしてくれると助かるんですけどね。
『自分は病院じゃなくで家で死にたい』とか。
でも最近は、鞆の人で『旦那が亡くなった時のような治療は
自分の時にはしてほしくない』と自分の希望を言う人もいますよ」

そういう時、徳永先生は医療者として必要なアドバイスをするという。

このようなやりとりができるのは、
徳永先生の親しみやすい人柄があってこそだろう。

「医者は最後に責任をとる存在」と言う徳永先生。
その存在は、鞆に住むあらゆる人達の心の支えとなっている。

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  • Text : 豊原みな
  • Photograph : Nipponia Nippon

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