水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さん

鞆の浦を新名物料理
で盛り上げたい!

水呑Cafe Boneu
鈴木大孝さんの物語り

物語りを読む

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

賑やかな軽トラ市で
見つけたものとは?

鞆の浦の新名物!

毎月第4日曜日に、沼名前神社で開催されている
「とも・潮待ち軽トラ市」。
普段は静かな参道が、今日は大賑わいだ。
目移りしながら歩いていると、ある張り紙が目についた。

鞆の浦 新名物 ちりめんじゃこ使用
鞆SOBA BLACK

「新名物」という言葉に惹かれて、鞆SOBAを1つ注文してみる。
平打ち麺の上に、野菜とひき肉、
そしてちりめんじゃこ(しらす干し)がたっぷり。
コクのあるソースで味付けをしている「混ぜそば」だ。
うん、ちりめんじゃこの存在感があって美味しい!

夢中になって食べていると、店のお兄さんが笑顔で言った。
「このへんの名物料理にしたくて作ったんですよ!」

何だかすごくいい笑顔の、話しやすそうなお兄さんだな。
鞆の浦でお店を開いているんですか?と尋ねてみた。

「いや、水呑町で店をやってるんですよ」

福山駅から鞆の浦へ向かう途中、
芦田川という大きな川がある。
ちょうど橋を渡った辺りが水呑町だ。

鞆の浦のある福山市は南北に縦長で、南部は沼隈半島
と呼ばれるエリア。
沼隈半島には鞆町をはじめ、複数の町がある。

「このへんの町は同じ文化圏という感じなんですよ。
だから、鞆と水呑もなんとなく仲間意識があるんです。
水呑に住んでる人には鞆出身者も多いしね」

なるほど、水呑は鞆の浦の「兄弟町」みたいなものなのかな。

親切に説明をしてくれた店のお兄さんは、
「水呑Café Boneu(ボヌー)」
のオーナーシェフ、鈴木大孝さん。
店は5年前に開業したそうだ。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

一週間のつもりが
永住することに

人生、何が起こるか分からない

地元のことをよく知っているから、福山市出身の人だろうと
思っていたら、鈴木さんは埼玉県で生まれ育ったそうだ。

高校卒業後、鈴木さんは東京で数年間働いた後、27歳の時に
友人の飲食店を手伝うために福山へやってきた。

「最初は、一週間だけ滞在するつもりだったんですよ。
友人の奥さんの実家に下宿させてもらって。でも店が忙しくて、
滞在日数が増えていって……。下宿だと居づらいから、
マンションを借りたんです」

え!いきなり借りちゃったんですか!?

「この話をしたら、驚かれるけど……。ちょうど仕事を辞めて、
住んでた家も引き払って、旅行をしていた時期だったんですよ」

働いていた友人のお店で、現在の奥さんに出逢ったのも
滞在が延びた理由だった。

「土地勘も車もないから、
休みの日にやることがないでしょう?
それで、地元出身の彼女が
鞆の浦に連れて行ってくれたんですよ。
その時に『この子、俺に惚れたな』って思って。
でも後で、違うって言われたんですけど(笑)」

奥さんは、単なる親切心から鈴木さんを誘ったようだが、
これをきっかけに二人は付き合うことに。

そのまま、友人の店で働き続け、1年が過ぎる。
そろそろ先のことを考えなければならないと感じ、
関東に戻ることも考えた。
でも、最終的に選んだのは彼女との結婚。
この土地に根を下ろすことを決めたのだ。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

東日本大震災を機に
独立開業を決意

本当にやりたいことは今やる!

永住は、簡単な決断ではなかっただろう。
彼女と一緒にいたいという気持ちが決め手になったのだが、
同時に鈴木さんは土地の魅力も感じていたという。

「小さい頃から魚が大好きで、
いつかは海のそばに住みたいって思ってたんです」

その夢が叶うということも、永住を決めた理由の一つだ。

結婚して、福山市内の結婚式場に就職し、奥さんの実家がある
水呑町に家を建てた。
そして徐々に、水呑町が鈴木さんの「地元」になってきた。

仕事にもやりがいを感じてきた頃、人生の転機を迎える。
きっかけは、2011年3月11日の東日本大震災だ。
鈴木さんの両親は青森県出身で、親族の多くは東北地方に
住んでいる。連絡が取れなくなった親族もいて、
この震災は鈴木さんにとってかなり衝撃的な出来事だった。

どんな人の人生もいつ終わるか分からない……。
そう思った鈴木さんは、自分の人生を見つめ直す。
いつかは独立したいと思っていたけれど、
「いつか」のままでいいのか?

鈴木さんは自分の「心の声」を無視しなかった。
運が良いことに、水呑町に空き店舗があり、
そこでカフェを開業することを決意。
大震災と同年の12月に、水呑Café Boneuをオープンした。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

自分は何を
発信していくのか?

仲間と創る福山南部の未来

開業して2年ほど経った頃、鈴木さんは最初に教えてくれた
福山南部――鞆の浦や水呑を含む沼隈半島エリアの
仲間意識に気づいたという。

「この地域の人は、なんとなくうちの店を応援してくれている
感じがしたんですよ」

自分の属しているコミュニティは福山南部だと認識した鈴木さん。
やがて「地域のために何をするか?」という意識が生まれ、
それは「この地域から何を発信していくか?」という想いに
つながっていった。

そして、同じ想いを持つ仲間と共に「福山南部の未来を創る会」
通称「南部会」を立ち上げた。
軽トラ市の実行委員長であるサンモルト社長の小川真平さんも
立ち上げメンバーの1人だ。

現在、南部会のメンバーは6人。月に一度、会合がある。

「と言っても、内容はただの飲み会たっだりするんですけど。
いろんなことを話す場になってます。でも、この会のメンバーで
一緒に何かをしようとは思ってないんですよ。
同じ“熱量”を持つ人同士が定期的に集まって話すことに
意味があると思ってます」

それぞれのメンバーが別々のことに取り組んでいる。
でも、目指す方向は同じなのだ。
お互いのビジョンを語り合うことで、自分の気持ちを
確認する場にもなっているのだろう。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

鞆の浦の名物料理を作る!

鍵となる食材との出逢い

仲間から刺激を受けながら、鈴木さんは開業当初から
考え続けていた「地元の名物料理を作る」ことに情熱を燃やした。
多くの人に愛される名物料理を作るなら、観光地である
鞆の浦をベースに考えるのがいい。
それに鞆は、鈴木さんにとって個人的にも思い入れのある町だ。

「水呑も好きだけど、最初は鞆の浦を好きになったんですよ。
福山へ来たばかりの頃、夜に鞆へ来たことがあったんです。
それがすごく印象的で、いい所だなぁって思いました」

今も頻繁に鞆を訪れるという鈴木さん。
早朝に、鞆の浦の高台にある医王寺の太子殿まで登り、
朝焼けに染まる鞆港を眺めることもあるそうだ。

名物料理について模索し続けていた鈴木さんは、
ついにある食材に出逢う。
それが、ちりめんじゃこだった。

瀬戸内海では、淡路島がちりめんじゃこの産地として有名だが、
鞆の浦の近くにある走島でも、ちりめん(しらす)漁が盛んなのだ。
せっかく良質のしらすが近くで水揚げされているのに、地元
ではあまり消費されていない。

「地元企業の方に話を聞いて、これだ!と思いました。
ちりめんじゃこを使った名物料理を作って、同時に、
ちりめんを鞆の特産品しよう!って思ったんです」

そうやって生まれたのが鞆SOBAだ。
現在、軽トラ市で販売している鞆SOBA BLACKとカフェボヌーで
提供している鞆SOBA REDの2種類がある。
REDの方は、エビの出汁を使った「汁そば」だ。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

鞆の美味しいものを
もっと知って欲しい

鞆の浦の名物は鯛だけじゃない

ちりめんじゃこを鞆の浦の特産品として認知してもらうべく、
鈴木さんは、さらに行動を起こした。

2016年の夏に、福山のタウン情報誌『Wink』と連携して、
「鞆の浦ちりめんグルメプロジェクト」
なるものを始動したのだ。
これは、鞆の浦を中心とする11店舗がちりめんじゃこを使った
メニューを考案し、夏季限定で提供するという企画。
海鮮丼やラーメン、ピザ、
お好み焼き、パスタなど、様々なスタイルの
ちりめん料理が生まれたそうだ。

鈴木さんにはさらなる野望があるとのことで、
着ているTシャツを見せながら、話してくれた。
Tシャツには小魚やエビのイラストが描かれており、
「ネブト」や「えびじゃこ」といった地元ならではの
呼称が添えられている。

「友人にデザインしてもらった“鞆ちりめんTシャツ”です。
ここに描かれているのは、全部地元でとれる魚介類で
どれもすごく美味しいんですよ」

鈴木さんは、これらを発信することで地元を盛り上げていきたい
と思っているのだ。

「鞆の浦に来たら、絶対に食べた方がいいですよ、
ネブトの唐揚げ。えびじゃこのかき揚げや、
ちいちいいかの刺身も美味しくて……」

鈴木さんは嬉しそうに話し続ける。
他県出身者である鈴木さんだからこそ、
地元の人にとっては当たり前である「小魚の魅力」を
上手く伝えられるのではないだろうか。

きっと、これから鞆の浦を訪れる人は何を食べようかと悩んで
しまうに違いない。鈴木さんの手で、どんどん美味しいものが
発信されていくのだから。

前のページ
次のページ

水呑Cafe Boneu 鈴木大孝さんの物語り

  • Text : 豊原美奈
  • Photograph : Nipponia Nippon

他の物語りを読む