鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さん

まちづくり塾から生まれた
鞆を支えていく若い力

鞆の浦まちづくり塾
実行委員会代表
羽田知世さんの物語り

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

秋祭りの総仕上げ
チョウサイ巡行

愉しい掛け声と小気味よい太鼓の音

3日間続く秋祭りの最終日。
秋晴れとなったこの日、
鞆の町はこれまでで一番の熱気に包まれていた。

今日は、秋祭りの1日目に当番町にお迎えしたご神体を
神社にお返しする神輿還御が行われる。

その時、祭りの期間中に展示されていた「造り物(つくりもん)」
と呼ばれる人形を台に乗せて町内を巡行する。
還御を見送るという意味があるそうだ。

地域福祉を基盤とする町づくりを学ぶ
「鞆の浦まちづくり塾」の塾生も祭りに参加しており、
塾生と地元住民が一緒に制作した造り物も町中にお披露目された。

そして午後からは、いよいよ秋祭りのメインイベントである
チョウサイ巡行!
チョウサイは太鼓が乗せられた山車で、
てっぺんに3枚の装飾布団が重ねられている。
チョウサイには引き綱がついており、それを浴衣や法被を着た
引き手達が引っ張って町中を練り歩くのだ。

囃し役の掛け声に、引き手が調子よく合いの手を入れるのが愉しい。

チョウサイじゃ! (チョウサイじゃ!)
チョウサイじゃ! (チョウサイじゃ!)
琴の音は (ヨイショ!)
日東第一形勝の (ヨイショ!)
四季に通じる春の海~! (チョウサイじゃ~!)

ヨイヨイヨイ (ア、ヨイショ!)
ヨイヤセノヨイ (ア、ヨイショ!)
鎮めましょう、鎮めましょう、
鎮めて鎮めて、サヨーイットーナ……。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

今年のチョウサイ
は特に賑やか

塾生と地元住民が一体に

狭い路地を通りながら、チョウサイは町中をまわり、
時々止まって休憩をする。

休憩中に、まちづくり塾実行委員会の代表である
羽田知世さんと話すことができた。

賑やかですねぇと声を掛けると、
「そうですね!でも、以前はこんなに盛り上がってなかった
みたいです。今年はまちづくり塾の塾生もいるし、
大学生も参加してくれてますからね」
と嬉しそうに応えてくれた。

チョウサイの様子を見た別の地区の人にも
「まぁ、今年は多いなぁ!どうしたん!」と言われたとか。

知世さんは、介護施設・さくらホームで働く作業療法士。
鞆で生まれ育ち、実家は今年の秋祭りの当番町である道越に
あるそうだ。

まちづくり塾の運営者にはぴったりの人物だが、
初めての塾ということで、きっと色々な試行錯誤が
あったことだろう。

とはいえ、まちづくり塾が成功したかどうかは、
チョウサイ巡行の様子を見れば一目瞭然だ。

地元の人も塾生も一緒になって盛り上がっており、
心から楽しんでいる様子。
ほとんどの人は綱を引いているが、ある塾生さんなどは、
チョウサイ自体をコントロールする心棒の所にいる。
これは、地元の人と信頼関係が築けていなければできないことだ。

きっと、塾は実りあるものだったのだろう。

明日、祭りの片付けの時に、知世さんから塾について詳しい
話を聞かせてもらえることになった。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

最初は悩んだ
まちづくり塾

苦戦しつつも、結果は後からついてきた

翌日も快晴。
後片付けをしている人達は、なんだか晴れ晴れとした表情をしている。
祭りを思いきり楽しんだ達成感と、無事に終わった安心感が
入り混じっているような印象だ。

待ち合わせ場所に知世さんがやって来た。
知世さんも、晴れ晴れとした顔をしていた。

塾の最終プログラムだった秋祭りも無事に終わりましたね、
と私が言うと、知世さんは柔らかく微笑みながら言った。

「本当に塾をやって良かったと思います。
でも、最初は思ったほど塾生が集まらなくて……。
私、それが相当ストレスだったみたいで
体調が悪くなったりしたんですよ(笑)」

それでも「絶対に地元のためになることをしているんだから、
後から結果がついてくる!」という仲間の言葉に励まされて、
前向きに塾を運営してきたそうだ。

そして結果的に、各講義に個別参加した人も合わせると
参加者は全体で200人以上になったとのこと。
県内だけではなく、京都や愛知、千葉からの参加者もいたという。
参加頻度が高かったコアメンバーがこの秋祭りにも参加しており、
その中には移住を決めた人もいる。

後片付けに参加している塾生を何人か見かけたけれど、
祭りの興奮冷めやらぬといった様子で、
片付けまでも楽しんでいるようだった。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

塾生と地域の人を
つなげるために

まず自分が地域の人と仲良くなる

知世さんは言う。
「いや~、昨日は本当に楽しかったです!
すごく盛り上がりました!」

チョウサイ巡行は明け方まで続いたそうだ。
大勢で声が枯れるまで囃し続け、踊り明かす――これぞ「祭り」だ。
そんな地域の祭りに、鞆出身ではない塾生達も参加できるなんて、
なかなかないことだろう。

「最初は地元の人も、塾生のことを『よその人』としてとらえてた
みたいです。でも昨日は一緒になって盛り上がってましたね。
だんだん変わっていったんですよ」

知世さんがまちづくり塾で一番力を入れたのは、
「地元の人と塾生をつなげる」ということだったそうだ。

「鞆という地域を知ってもらうための塾だから、地元の人との
触れ合いはすごく大切だと思って」

住民と塾生をつなげるには、まず自分が地域の人と仲良く
ならければならない。同じ地域に住んでいるとはいえ、
話したことのない人も多かったという。

そんな知世さんにとって、祭りの準備は地元の人達との
関係を深める絶好の「場」となった。

「祭りの準備は3カ月前くらいから始めるんです。
普通、集まるのは40~60代の祭礼運営委員だけなんですけど、
そこに私も参加させてもらったんです」

そうやって祭りの準備に積極的に関わっていると、
年配の人達が知世さんに役割を与えてくれるようになったそうだ。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

同じ場で過ごせば
自然と仲良くなる

信頼関係から生まれるチームワーク

「たとえば、造り物の制作や、お揃いの道越Tシャツの
発注をする時、私を取りまとめ役にしてくれたんです」

そうやって任せてくれたのが、嬉しかったという知世さん。
結果、地域の人とやりとりをする機会が多くなった。

今までつながりのなかった近所の人達と触れ合うための
企画も考えた。

「造り物はカープの黒田選手の人形を作ったんですけど、
その背景の紙に貼るために、道越の人の写真を撮ったんですよ。
民生委員の人と一緒に一軒一軒訪ねて回ったんです」

おかげで、話したことのなかった人達とも親しくなったそうだ。

知世さんは、地域の人との関係を深めると同時に、
地域の人と塾生が一緒に祭りの準備をする場もつくった。
同じ場でともに時間を過ごせば、自然と仲良くなっていくものだ。

「毎週、集まって作業してました。祭りが近くなると、
週に2回くらいの頻度になってましたね」

そこで人間関係ができていったのだ。
祭りの当日にはすでに地域の人と塾生でチームワークが
できており、短時間で700個ものおにぎりをつくったという。

「おにぎりづくりの時、私の友達が飛び入り参加したんですけど、
地域の人はそういう初対面の人も受け入れるようになってたんですよ。
きっと、外の人が入ってくるのに慣れたんでしょうね」

そう言って知世さんはまた、柔らかく微笑んだ。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

まちづくり塾が
人を引き寄せる

来ることになっている人が来る場所

知世さんは話し続ける。

「塾の運営を通して、鞆の良さを再確認しました。
もう、鞆は本当にいい所! 歴史もすごいし。
そいうことを外に伝えていきたいと思うようになりました」

今回の塾では、鞆の文化や歴史に詳しい町の「先達」に
講義を依頼しており、そういう人達と個人的に話せたのも
良い経験だったという知世さん。

「塾の前と後では、自分の中のネットワークが全然違いますね。
色々な人とつながれたのが、本当に嬉しかったです」

塾生達との出逢いも貴重な経験だったと知世さんは話してくれた。
まちづくり塾は、ご近所同士で助け合う「互助」を学ぶ塾。
そのため、参加者は福祉関係者が多かったが、
教育や建築など、福祉以外に携わっている人も来てくれたそうだ。

そして早くも、秋祭りに参加した人や最近鞆を訪れた人から
「次はいつ塾をやるの?」「今度は友達も連れてくるよ」という
声が上がっている。

来年はどんな人に来てほしいですか?そう尋ねてみた。

「塾生さんを見ていて思うのは、鞆に来ることで
何らかの変化を経験しているということですね。
それぞれのタイミングで鞆に引き寄せられてるような感じ。
だから、鞆に来ることになっている人が、来るんだと思います。
ここの土地に何か力があるのかもしれませんね」

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

鞆を支えていく
新しいリーダー

想いは次の世代に受け継がれる

そんなことを話していると、さくらホームの施設長である
羽田冨美江さんがやってきた。
実は、知世さんは、冨美江さんの娘さんだ。

10以上年かけて、人と人のつながりを大切にする地域福祉に
取り組んできた冨美江さん。
地域のために何ができるかをいつも考えている人だ。

今回のまちづくり塾で、
冨美江さんは知世さんの良き相談相手だったそうだ。

「よう落ち着いて進めてたなぁって思います!
私だったら、こんなに落ち着いてできん」
と、冨美江さんは笑いながら言った。

きっと、冨美江さんの存在があったからこそ、知世さんは
試行錯誤しつつも、塾を成功させることができたのだろう。

母である冨美江さんがじっくりと耕してきた土壌に、
娘である知世さんが今、種を蒔いている。

知世さんは、福祉先進国であるデンマークへの留学経験があるそうだ。
デンマークは、まちづくり塾で伝えている「互助」の精神に
通じる「ノーマライゼーション」発祥の地。
まちづくり塾の運営には、デンマークでの経験も
活かされていることだろう。

「デンマークでのやり方は参考になることもあるけれど、
良いなと思った仕組みが、日本の文化には合わないんだと
気づいたりもしました」
と知世さん。

好事例に触れた時でも近視眼的にならずに、冷静に物事を
見つめる――知世さんのそんな姿勢が垣間見えた気がした。

まちづくり塾は、若きリーダーである知世さんにとって
大きな、大きな第一歩。

その一歩一歩がつくっていく世界は、鞆だけではなく、
日本という国にとって、
とても大切なものになるだろうと思えてならない。

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鞆の浦まちづくり塾実行委員会代表 羽田知世さんの物語り

  • Text : 豊原美奈
  • Photograph : Nipponia Nippon

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