鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さん

ここでやりたいことがある
だから今、この町に住む

鞆の浦
まちづくり塾塾生
下畠有喜さんの物語り

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

鞆の町に住む
ことを決めた人

まちづくり塾の塾生を訪ねて

鞆で大祭りとも呼ばれる秋祭り。その準備が佳境に
入っているようで、町はどんどん賑やかになってきた。

今年の秋祭りは「鞆の浦まちづくり塾」の第1期生たちも
準備段階から参加している。

一番大切な準備は、祭りの山車である「チョウサイ」の
組み立てと飾りつけだ。
鞆町内の7つの地域が順番に担当する秋祭り。
それぞれの地域が自分たちのチョウサイを持っており、
当番となった地域では、大切に保管していた山車を
7年ぶりに組み立てて、祭りの最終日に町中を引き回すのである。

祭りの準備をしている塾生の中に、
鞆への移住を決めた人がいるそうだ。

「ほれ、あの子が、京都から移住してくる子よ」

地元の人が指さす先に、はしごの上で
熱心に作業している背の高い男性がいた。

お話しを聞きたいとお願いすると、
「ええですよ」と快諾してくれた。

どうですか、お祭りの準備は?と尋ねたところ、
「いやあ、みんなで準備するんは楽しいです」
と、なんとも優しい関西弁で応じてくれた。

下畠有喜さん、26歳。
「癒し系」男子が、鞆のどんなところに惹かれたのか。
移住を決意するまでの物語を聞かせてもらうことにした。

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

鞆の地域福祉
との出会い

学びたいことが、ここにあった

下畠さんは、作業療法士。
現在は京都市右京区の病院で働いている。

京都で行われていた作業療法士のための勉強会で、
鞆のまちづくり塾のことを知ったのだそうだ。

「もともとまちづくりに興味があったんです。
大学の授業で、精神疾患の方も住民と一緒に祭に参加
しているところがあると聞いたことがあって、
面白いなぁと思ってて。そういう町をつくっていくことが
大切やなぁと思ってたんです」

鞆のまちづくり塾の特徴は、
地域福祉を基盤としながら、お互いを認め合い支え合う
「地域共生のまちづくり」を学ぶということ。

下畠さんは、以前から作業療法士としてまちづくりに関わりたい
と思っており、入塾を決めたという。

塾の講義のほか、地域密着型介護施設である
「鞆の浦・さくらホーム」の実習にも参加したという下畠さん。

「もう、衝撃でした。都会じゃあ、もう絶対施設に
入らなあかんような方が、自宅で生活されてて――。
それを地域の人が支えてる。その人らしい生活をするなら、
やっぱり家がいいんですよね」

下畠さんにとって、鞆の地域福祉は驚きの連続。
遠方からでも足を運びたくなる魅力が、この町にはあったのだ。

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

ここに住むという決意

不便さを上回る魅力がある

移住の話はとんとん拍子に決まったそうだ。

「来るたびに刺激的なことがあって、面白いことばかりだった。」
もう離れられないなと感じました」

わずか半月で、移住を決意したのだという。

鞆の江之浦にある空き家を借りることになっているそうで、
その家からは常夜灯も見えるらしい。
今の職場にはすでに辞める意志を伝えており、
移住後はさくらホームで働く。

経済的なことや生活の利便性で不安はなかったのだろうか?
老婆心ながら、そのことを尋ねてみた。

「そんなに不便かなぁって思います。目の前には八百屋さんが
ありますし、近所の方からよく差し入れをもらうので、食費も
大丈夫そうやなと」
と言って下畠さんは笑った。

下畠さんが京都で借りていた部屋は、家賃が月に6万円で、
駐車場代は1万円。
ここで借りるのは一軒家で、家賃は2万円。駐車場代は2000円だ。
これだけでも、かかるお金は3分の1以下。

大きな買い物は車で市内中心部に出れば、事足りるし、
物によっては、インターネットで買うこともできる。
確かにさほど不便はなさそうだ。

では、10年くらい先の将来については、
どんなふうに考えているのだろう?

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今やりたいことを
この町でやる

自分で考えて決めたこと

「そうですね……。うーん」
少し考えて、下畠さんは言った。

「今、自分の居場所はここだっていう感じなんです」

ここに骨をうずめるというより、ここでやりたいことを始めたい。
そこからまた見えてくることもあるかもしれない――。
そんな心境なのだそうだ。

自分の感性に従って、素直に行動を起こすということは、

意外と勇気がいることなのではないだろうか。
先を見据えて行動することを重視する人もいるかもしれないが、
下畠さんにとっては、「今」が大切。

作業療法士として、施設内の業務だけに携わるのではなく、
支えるべき人と地域の人とをつなぐ役割を果たす。
自分がいつかやりたいと思っていたことが、
鞆の町で実現している。
それが分かったからには、もうここに住むしかない。

「親には、すべて決めてから報告しました」

決めたら貫き通す。
物腰は柔らかなのに、一本筋が通っている若者だ。
両親は「やりたいように、やりなさい」と言ってくれたという。

「将来的なことを考えると親がこっちに来てくれると安心ですね。
父親は来てくれそうだけど、母親はどうかなぁ」

末っ子なのに、いつかは自分が親の面倒を見るという意識が
あるそうだ。

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

人が好きだから
人のために

みんなが過ごせる場をつくりたい

下畠さんは、鞆でどんなことをやってみたいのだろう?

「まだ具体的じゃないですけど……。
子どもからお年寄りまで、障がいを持っているとか、
そういう人たちも一緒に、みんなが集まってワイワイと楽しめる
ような場所をつくっていきたいです」

どんな人でも自分らしく過ごせる環境をつくる。
これは福祉の世界ではノーマライゼーションと呼ばれている。
下畠さんがこれから働くさくらホームは、
そこを目指しているのだそうだ。
そういう場で、下畠さんは「つなげる人」になりたいという。

「何か困ったことがあったら、
声を掛けてもらえる人になりたいです。
人と人をつなげることによって、問題を解決していきたい」

人に関わるのが好きなんですね、と言うと、
下畠さんは、微笑んだ。

「人と関わるの、楽しいですよね。
おじいちゃんやおばあちゃんと話してると、知らない世界を
知ることができるし。話を聞くのは好きです」

聞くと、作業療法士は、まず相手の話を聞いて関係性をつくる
ことが大切だという。そうなってはじめて、相手もリハビリを
する意欲が湧いてくるそうだ。
下畠さんにとって、作業療法士は天職なのだろう。

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

塾への参加が
転機となった

新たな物語が始まっていく

下畠さんと一緒に町を歩いていると、
地元の人によく声を掛けられる。
そんな時、下畠さんはとても嬉しそうだ。

鞆になじむ秘訣を聞いてみると、
「お酒は飲めたほうがいいかもしれないですね(笑)」
とのこと。
鞆に来るようになって、飲む量が増えたそうだ。
飲み会では、とにかくひっきりなしにつがれるらしい。

「鞆の街並みも好きだし、お祭りも楽しい。
京都ではお祭りに参加することがなかったから、余計に新鮮です。
それにやっぱり町の人がいい。
出会った人みんなに、本当によくしてもらってます」

京都以外に住むのは、初めてという下畠さん。
今、ここからまた新しい道が始まっていく。
鞆との出会いはまさに人生の大きな転機なのだろう。

祭りの期間中、下畠さんを見かけるたびに、「地元の人」の
顔になっていくように感じた。

ちなみに下畠さんは今、彼女募集中だそう。
きっとここで人生のパートナーに出会うんだろうなぁと
なぜだか、そんなふうに感じてしまう。

夢を叶えた癒し系の青年は、そういう引き寄せのパワーを
持っていそうなのだ。

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鞆の浦まちづくり塾塾生 下畠有喜さんの物語り

  • Text : 豊原美奈
  • Photograph : Nipponia Nippon

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