お弓神事

春を請う弓の響き
奉納の装いは目に眩しく

お弓神事の物語り

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お弓神事の物語り

春を呼ぶ、
弓の弦音

烏帽子凛々しい、奉納の装い

節分も終わり、こよみの上では春。
とはいうものの、後山から吹きおろす風は冷たくて、
梅の花も咲くか咲かぬか、思案中。

そんな旧正月の日曜日に、毎年行われる神事がある。

所は沼名前神社の境内。
武芸の神、八幡神を前に、
烏帽子、素襖を身につけた凛々しい若者が弓を射て、
新年の無事と平穏をいのる神事。

世話方の掛け声に合わせ、折り目正しい「形」と「動作」。
境内のざわめきもいつしか静まって―。

力強い弓の弦音が、
邪気を払い、春を呼び込む、鞆の二月の風物詩。
「お弓神事」の物語り。

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お弓神事の物語り

申す、 申す、
お弓を申す

まずは八幡様への御挨拶

神事を輪番で担うのは、旧鞆町内の七カ町。

七年ぶりの大役をつつがなく果たすため、
所役を選び、練習を重ね、
地区は文字通り一丸となる。

中でも一番大切なのは、八幡様への御挨拶。
申す、申す、お弓を申す。

一同声を揃えて、天の神、地の人に、
告げ知らせながら町内を練り歩き、
向かう先は八幡社。

前日、当日と二度にわたって、
当番町の一同が、拝殿のきざはしを埋め、
敬虔な、厳粛な、祭儀を行い―、

さあ、八幡神も御照覧!

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お弓神事の物語り

一つ一つに
訳がある

「甲乙ム」の的、清めの矢

八幡様への挨拶が済むと、
いよいよ的が持ち出される。

ねえねえ、あの字はなんて読むの?
掲げられたばかりの的を差して、
少年が父に訊いている。
目をこらすと、なるほど中央に奇妙な字。

実はこちらは、的の裏。
記されてあるのは「甲乙ム(こうおつなし)」の文字。
勝負事にあらず、争いは無用、との神意が、
こうして毎年、啓示される。

いよいよとあって、参観者も垣を作り、
その中で、禰宜が五方に清めの白矢を射て―、

矢場の準備はこれにて万端。

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お弓神事の物語り

ねーろた、
ねろた

寒風払う、若者の心意気

参観者の多くが、
厚い上着に身を包む二月の午後。

けれども、檜舞台に上がった二人の弓主(射手)に、
世話方席から、声が掛かる。

あーぬく(温く)、あーぬく。

すると二人は莞爾と笑い、
さっと片肌くつろげる、
あな勇まし、意気や良し!

ねーろた、ねろた、

その声と共に、弓、きりきりと引き絞り、
的をば、しかと見据えれば、
ざわめく境内も静まって―、

いざ射ん、寒風、払う矢を!

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お弓神事の物語り

稚児も 「矢取り」
の大役

懸命のお役目に、皆の顔がほころんで

二人の弓主が矢を射る間、
お世話をするのは「小姓」と「矢取り」。

「小姓」はおおむね、十歳前後。
弓主のそばで、かいがいしくも、お手伝い。

「矢取り」は何と、二、三歳。
的から矢を持ち帰って、「小姓」に渡す。

大きな鈴を背につけて、お父さんに手を引かれ、
的と舞台を行ったり来たり。
時にはステンと、まろびながら、
一所懸命、お役目果たす。

はりつめた空気が笑顔で和み、
ああ、未来を担うこの児達こそ、
春を告げる神の使者かと、
そんな風にも、思ったり―。

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お弓神事の物語り

申す、 申す、
御礼を申す

連綿たる神事、そして、感謝の心

弓射の儀がつつがなく終わると、
所役、世話方一同は、一旦町内に戻る。

そして、小憩の後、また列を作って歩み始める。

その列はゆっくりと、沼名前神社境内の八幡社へ、
またも、おもむろに近付いて行き、
実に三度目の、八幡参り。

申す、申す、御礼を申す。

無事に役目をつとめられたことへの感謝を、
当番町内の全員が高らかに唱え、
揃って御礼に参上する。

― そう、感謝の心。

これこそが、神事を神事たらしめ、
鞆の町を、かくあらしめてきた、秘密。

幾百、幾千の春を、呼び寄せてきた、こころ。

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お弓神事の物語り

  • Text : 中田 朋樹
  • Photograph : Nipponia Nippon

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