カヤッカーズCAFE 村上泰弘さん

カヤックを漕いで知る
鞆の浦の現在そして未来

カヤッカーズCAFE
村上泰弘さんの物語り

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カヤッカーズCAFE 村上泰弘さんの物語り

海の上から
鞆の魅力を

鞆で唯一の「カヤックガイド」村上泰弘の物語

オールの先がふれた水面から、 鞆の海に、始めは小さな、
けれどもだんだんと大きく、
波紋が広がっていく。

僕の目の前に広がる鞆の浦の海。
シーカヤックに乗って見る海は、
海岸や船の上から見るのとは
全く違った表情を見せている。

さわやかに吹く風に磯のにおいを嗅ぐと、
どこかで鶯の鳴く声がした。

―気持ち良い

日常の喧騒から離れてゆっくりと流れる時間。
生のままの鞆の浦を全身で感じる時間だ。

海岸に戻ると、人懐っこい笑顔を浮かべた
男の人が僕を待っていた。

村上泰弘さん。鞆の浦で唯一、
シーカヤック体験ができる
カヤッカーズCAFEをプロデュースして、
鞆の海の魅力を、鞆の外へ、そして内へ、
発信し続けている人。

これは、鞆の浦の将来を見据えながら、
海上から鞆の魅力を発信しようとする村上さんの物語。

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カヤッカーズCAFE 村上泰弘さんの物語り

見過ごされてきた
鞆の海の美しさ

カヤックに乗って、初めて気付く

カヤッカーズCAFEは古民家を
改築しただけあって懐かしさと
落ち着きを与えてくれる店構え。

昔懐かしいラムネのビンを持って
村上さんは僕の座るテーブルにやってきた。

「カヤックはどうじゃった?」

と村上さんは聞いてきた。 ―とても良かったです。海もきれいで。
と興奮冷めやらぬ調子で僕が答えるのを、
村上さんは、そうだろう、とうなずきながら、
でもな、と切り出した。

「ちょっと前までは鞆の海で泳ぐなんて
とんでもない、といわれてたんだよ」

福山の海はきれいじゃない、
そんなイメージが幅を利かせていたという。

見過ごされていた鞆の海の魅力。
国立公園として保存され続けてきた美しさを、
再発見したのはカヤックの上からだった。

瀬戸の原風景の中にすうっと入り込んで、
浮世絵の中にいるかのような海抜0メートルの世界。
エンジン音に邪魔されず、鳥や蝉の声に耳を傾ける。

カヤックの上からしか見えない鞆の浦の魅力を、
村上さんは語ってくれた。

その言葉は、さっきまで海に浮かんでいた僕の心に、
すうっと入ってきた。

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カヤッカーズCAFE 村上泰弘さんの物語り

広がりゆく
人の輪

謙虚なカヤック乗りが得た信頼

カヤックの大きな魅力の一つは
自分が船長になれること、
自由に行き先を決めてどこへでもいけること。
だからこそ、思いがけない発見がある。

でも、謙虚さを忘れてはいけない。
小さくて、どこへでもスイスイ行けてしまうカヤックは、
ともすれば、船舶にとっては危険な存在だ。
だからこそ、相手の立場で考えることが大切。

突然、鞆の外からやってきて、
漁船が行きかう海に小さなカヤックを
浮かべた村上さん。
戸惑う人も中にはいたが、
それでもだんだん信頼を得ていったのは、
その謙虚な姿勢があればこそ。

今では航海のアドバイスを貰ったり、
お客さんを紹介してくれたり、
店で売っているTシャツを買ってもらえたり。

カヤックのことも、カフェのことも、
親しんでくれる人は増えてきた。

鞆の浦の人と打ち解けていく村上さん。
それは、鞆の浦が抱える問題に
直面することへと繋がる

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鞆の人の ルーツは海ぞ

海の上から見つめる鞆の浦の「今」

鞆の浦が抱える問題―
それは住民の高齢化だ。

歳をとって故郷に戻る人もいるけれど
若い人は街に出て行ってしまう。
どこの地方でも抱えている問題、
でも、とても深刻な問題。

皆それぞれ何とかしたいという想いはある。
でも、どこかで喰い違ってしまう、意見がまとまらない。

「今はもめている場合じゃないと思う」

村上さんは沈んだ調子で語る。

「鞆のひとのルーツは海ぞ」

ふと、村上さんの口から出た言葉。

無闇に町を近代化してしまうのではなく、
鞆の浦の若い人たちが鞆の浦の良さに気付く。
それが村上さんの理想となる。

シーカヤックは、そんな村上さんの想いを
実現へと導いてくれる手段でもある。

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カヤッカーズCAFE 村上泰弘さんの物語り

ぼく、やってみたい!

子供が大人を巻き込んで作る「未来」

ある日、こんなことがあったという。
ひとりのおばあさんが
カヤックについて尋ねに来た。
なんでも、お孫さんがカヤックに
乗りたいと言っているとのこと。
おばあさん自身は危なくないか及び腰だけれど、
孫のためにと話を聞きに来た。

子供がやりたいといえば、大人も腰を上げる。
子供が大人を巻き込んで、新しいことに目を向けさせる。

いずれは鞆の人たちが
自らオールを手に海に漕ぎ出す。

「そうしたら僕の役目は一旦終わり。
次は僕がお客さんとなって貢献したい」

そんな村上さんの夢を乗せて、
カヤックは海に浮かぶ。

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広がりゆく
村上さんの「波」

鞆の人を巻き込むカヤックの魅力

村上さんの夢を乗せて浮かぶカヤックの、
起こした波紋は徐々に広がりを見せて、
鞆の人々を巻き込んでいく

地元の中学校が、カヤックを
課外授業で使いたいという。

「一番、鞆の海を見せたいのは、
実は鞆の人たち」

こう語る村上さんにとっては、
この上なく魅力的な話だ。

鞆の浦で育った人が、村上さんのような
ガイドとなって、鞆の海の魅力を発信する。
そんな願いが叶う日は近いかもしれない。

「海抜0メートル」の景色、
陸から見るのとは全く違う鞆の海。
自分のルーツを再発見した人の感動が、
噂となって、広まって、
やがては大きなうねりとなれば…

村上さんの起こした小さな波は
ゆっくりと、だけど確実に
大きな輪へと成長していく。

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カヤッカーズCAFE 村上泰弘さんの物語り

  • Text : 安江拓人
  • Photograph : Nipponia Nippon

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