鞆・町並ひな祭の物語り
鞆の浦の春―。
寺町で梅の花が咲き、
海に浦霞がかかる頃になると、
毎年、町は色めき立つ。
辻々に桃色のポスターが貼られ、
町家の玄関が開け放たれて、
そこには、「どうぞお入り下さい」の文字。
そう、二月中旬から三月にかけて、
鞆の浦は町を挙げて、桃の節句を祝う。
季節の進行と歩を合わせるように、
一軒、また一軒と、ひな飾りが増えていき、
振舞いやイベントが、町を賑わせる。
そして今日、
三月三日は祭の、いわばクライマックス。
さいわい、天気は晴朗。
この町の春の賑わいを楽しむのに、
これ以上の好日はない
鞆・町並ひな祭の物語り
うららかな春の光を背に浴びながら、
石畳を歩いていると、
まだ午前中だというのに、たくさんの人に出会う。
みな申し合わせたように、軒先を見上げ、
「雛祭」の旗を掲げる建物に、吸い込まれて行く。
なるほど、旗のある家に、
おひな様が飾られているのだな。
それではと、最初に目に付いた、
古色蒼然たる町家の玄関をくぐってみる。
―驚いた。
店の間を埋め尽くす、おひな様。
灯りのともったぼんぼり、色とりどりのお供え、
きらびやかな御道具類も所狭しと並べられ、
思わず、感嘆の声が出る。
真ん中の優美なひな人形は、明治時代のもの。
そして、両脇は大正時代。
その豊かに年を経たお姿からは、
往時の鞆の浦の栄華が、偲(しの)ばれて―。
鞆・町並ひな祭の物語り
家々で大切に守られてきた、
おひな様たちを眺めながら、旧街道を南下する。
「鞆の津の商家」と書かれた、
ひときわ立派な町家に入ると、
驚いたことにそこには、
ちょんまげ姿の番頭さんがいた。
奥の部屋まで順に並んだひな人形を、
一つひとつ解説してくれた番頭さんは、
一通り見終えたところで、
これからどちらへ?
特に予定はないんです。
そう答えると、
それじゃあ、城山へ上ってごらんなさい。すぐ裏です。
もうすぐあそこで、「ひな菓子作り」が始まる。
コンサートなどもありますよ。
お礼を言って急坂を上り、
海を見渡せる広場に出ると、
なるほどそこは、
セイロの湯気と、子どもたちのはしゃぎ声で、
大賑わいだった。
鞆・町並ひな祭の物語り
ひなあられやカルメ焼き。
それぞれの前には子どもが座り込み、
大人たちに教わりながら、
楽しそうにお菓子作りをしている。
子どもたちが体験する行事なんですね。
セイロの近くにいたおばあさんに話しかけると、
そう、昔はひな祭の日には「お煮事」いうて、
年上の女の子が教えたもんじゃけど、
今はもう、しよらんけえ。
そんな風に教えてくれた。
テン、トン、シャン。
風に乗って、玄妙な調べが聞こえている。
春の海をバックに、鞆の小学生たちが琴を弾いているのだ。
赤い毛氈(もうせん)の上で、
行儀よく琴を奏でる子どもたちと、見守る人びと。
なるほど、鞆の浦でひな祭がこれほど盛んなのは、
子どもへの慈しみが深いからだと、
深く納得させられる。
鞆・町並ひな祭の物語り
お菓子を見ていたら、お腹が空いた。
時刻はちょうどお昼時。
南に面した石段を下り、古い町家が連なる道を、
きょろきょろしながら歩いて行くと、
立派な商家風の建物が、目に飛び込んで来た。
看板には「潮待ち茶屋」の文字。
入口には「期間限定、ひな御膳」とあって、
否応なしに食欲をそそられる。
ずいと入り込んで畳に上がり、待つことしばし。
運ばれて来た料理を見て、思わず声が出た。
手毬寿司や筍(たけのこ)、煮蛸といった、
季節の料理がかわいらしく盛りつけられ、
食べるのが惜しいほどの、「ひな御膳」。
もちろん、そうは言いながら、実際には完食。
舌とお腹にも、ひな祭気分、
満喫させてやらなくちゃ。
鞆・町並ひな祭の物語り
昼食後は、閑静な山際の道を歩いてみる。
ここでも旗は、ところどころに揺れていて、
おや、あれは? 正法寺?
お寺でも、ひな祭を祝うのだろうか?
見ていると袋を持った親子が、
次々と山門を入って行く。
近寄ると、「人形供養」午後二時から、の告知。
時計を見るとちょうど二時。
果たして境内に入った時、読経の声が聞こえ始めた。
開け放たれた本堂の内部には、
神妙に頭を垂れた親子たち―。
町の華やかさとは異なる、
けれども深い繋がりを持った、丁寧で、敬虔な空気。
これもまた、鞆を、町並を、ひな祭を支える、
大切な要素なのだろう。
そんなことを思いながら、そっと門を出た。
三月の陽光は、未だ優しく町を包んでいる。
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