鞆の四季「夏」の物語り
めぐりめぐる季節を実感させてくれる、年中行事。
ここ鞆の浦も、夏になると行事が盛りだくさんだ。
六月の終わりには、
茅(ち)の輪の植物独特の香りが、
ふわりと、ぼくに初夏の訪れを告げる。
沼名前(ぬなくま)神社の本殿前で行われる、
「茅の輪くぐり」。
まんまるの茅の輪を、ぐるりと三回くぐる。
神事が終わると、ぼくも茅草(ちがや)をもらう。
厄除けや魔除けとして玄関先に飾るため、
解かれた茅草を、また、輪っかに編み直して。
そうして出来上がった、
ちいさな茅の輪―。
日本最古の謂れをもつ、
由緒正しい神事に参加したその証を、
ぼくは嬉しくなって、そっと両の掌に包む。
鞆の四季「夏」の物語り
さが日に日に増していく7月。
鞆の町では、
日本三大火祭りのひとつにも数えられる、
お手火神事の準備が、
いよいよ、佳境に入る。
夏の「暑さ」と、炎の「熱さ」の中で、
巨大なお手火を担ぐ、鞆の浦の伝統的な神事。
その準備を5月から、
氏子衆らは、営々と―。
松の匂いを嗅ぎながら、
松と親しくなりながら。
そうして、3本の巨大な大手火と、
150本もの小手火を、地道に作り上げていく。
華やかな祭り当日には分からない、
陰ながらの努力を積み重ねることで、
あの雄々しくも幻想的なお手火神事が実現される。
鞆の四季「夏」の物語り
たくさんの人が集い、
エネルギーに溢れ返る、沼名前神社の境内。
祝詞(のりと)を朗々と奏上し、
そうして、宮司は御神火を神前手火に移す。
さあ、お手火神事が始まる。
勇壮な氏子青年たちが担ぐ、
鮮やかに燃え上がる松明(たいまつ)。
その美しい真っ赤な炎は、
うだるような夏の暑さすらも焦がしながら、
見る者を力強く圧倒していく。
200キロを超える巨大なお手火は、
天に向かって盛んに火焔(かえん)を踊らせ、
雄々しい氏子衆は、
その重さと過酷な熱に、決然と耐える。
彼らを支えるのは、
長きに渡る舞台裏での努力と、
伝承されてきた先人の教え、
そして、神への尊崇の念―。
お手火の神聖な炎は、皆の汗と想いの結晶のように、
真夏の夜(よ)の鞆を、
赫々(かっかく)と照らしていく。
鞆の四季「夏」の物語り
8月に入って、最初の土日。
鞆の浦の平地区にある淀媛神社では、
真夏の例祭が行われる。
―淀媛神社例祭。
ウバメガシに覆われた小さな磯山の上の神社が、
にわかに熱気を放つ時期。
神様は御神輿に乗って、
平地区の広場にお渡りになる。
ぼくは、真夏の空の下、
氏子たちが雄々しく神輿を廻すさまを眺める。
ふと、平の町のところどころで、
七夕飾りが、さわさわと揺れているのに気が付いた。
この祭礼は、旧暦7月7日に行われていたもので、
だから、七夕まつりとの結びつきが強いという。
綺麗な七夕飾りに、力強い神輿廻し。
さあ、神様は、どんな願いを叶えてくれるかな。
鞆の四季「夏」の物語り
鞆の浦の海水浴場は、
7月20日に海開きを迎える。
仙酔島、田ノ浦海岸―。
さわやかな青と深い緑の混じった美しい海に、
人々の笑顔がきらきらと反射する。
ぼくは、その宝石をちりばめたような光景を、
サイダー片手に、うっとりと眺める。
仙酔島に渡る前に買ってきた、
平成いろは丸のラベルが可愛らしい、
「鞆の浦サイダー」。
しゅわしゅわと口の中に広がる清涼感。
ほのかに、保命酒の薬味の香りもする。
夏の思い出に、
優しく花を添えてくれるような、
涼やかなお味。
ああ、おいし。
鞆の四季「夏」の物語り
仙酔島の夜の海には、
星のような無数の光が煌(きら)めく。
ちいさなちいさな海の生き物、
「海ほたる」くんたちが発する、
幻想的な、ひかり―。
その光景を眺めるには、
まずは、餌の小魚の入った瓶を用意しよう。
瓶の口には紐を巻き、
その紐の先端を持って、瓶を波打ち際に投げ入れる。
ちょっとした釣り気分で、
5分くらい待ってみよう。
そうして、瓶を引き上げて、
中に入った海水を砂浜にまき、刺激を与えると―、
ほうら、不思議、
ロマンチックな輝きが、
浜にぱあっと広がって―。
それが海の宝石、
「海ほたる」くんたちとの出逢い方。
そんな夢のような光景に、
ぼくの心は、じんわり優しく満たされていく。
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