仲間との活動があってこそ
本当のインクルーシブ教育
イギリスの教育方針ではもともと、「障がいのある子ども」とは言わず、「特別な教育的ニーズがある子ども」という認識を基礎にしています。さらに、インクルージョン教育(インクルーシブ教育・統合教育)については、「特別な教育的支援の必要性がある子どもが、可能な限り通常の学校で教育を受ける」だけでなく、「カリキュラムや学校生活において仲間と一緒に充分に活動すること」と定義。障がいの有無で区別しようという視点を取り払って、教育システム・制度を構築しています。
基本的にどこの学校を選ぶかは保護者や子どもの意思によりますが、特別支援学校に通うには重度の障がいを持つという判定書が必要になり、ほとんどが地区の通常の学校に通うことになります。その代わりに、重度の障がいなどを理由に、必要があれば地方行政や学校が、子どもの発達状況や家庭の様子などを鑑みて、子どもにとって必要となる特別な教育的ニーズがどのようなものかを家族と話し合います。その話し合いの結果、まずは通常の学校で必要な配慮や対策が講じられることになります。それでも、子どもが教育目標を達成するには、さらなる特別なサポートが必要と判断された場合、医師や外部の教育心理学者、障がいの専門家たち、さらに地方教育局などと特別なサポートを専門とする学校への通学などが検討されるというシステムが構築されているのです。これらの検討は最低でも1年ごとに行われるそうです。
ここで中心に検討されるのは、障がいがあるか否かということではなく、学習への困難さを解決するため教育的特別な手立てをどのように用意し、整えていくかということ。このため、より多くの子どもが通常の学校で教育されることにつながっています。 教育的サポートという配慮の必要性について検討するといっても、軽度の学習困難という状況では検討の対象とはなりません。障がいの有無でクラスを分けないため、通常のクラスで学ぶことになりますが、これでは教師の負担は増えるように思えます。でもイギリスの場合、初等・中等教育では1クラスの生徒数は平均25人前後。比較的生徒数が少ないことで、個々の生徒への対応がしやすくなっているのです。また通常の学校でも、特別な教育的支援についてのコーディネーターがいて、担当の教師のみ負担が増えることを回避しながら、国の教育制度が求めるレベルの教育が提供できる仕組みを構築しています。いろいろな子どもたちが仲間同士となって充分に活動できるようにするという、イギリスが理想に掲げるインクルーシブ教育が推進されています。
特別なサポートが必要な子どもを受け入れる
カムデン地区のスイス・コテージ・スクール
では、「特別な教育的サポートが必要」「特別支援学校で教育すべき」と判断された子どもたちはどのような学校に通っているのでしょうか。
イギリス・カムデン地区にあるスイス・コテージ・スクールは、2〜19歳までの学習障がい、行動・コミュニケーション障がい、自閉症スペクトラム障がいのある子どもといった、施設のバリアフリー化や支援器具の導入だけでは通常の学校・学級で学習できない障がいをもつ子どもたちが通う特別支援学校です。大学、医療、高等教育機関、チャリティー機関と連携し、普通学校・特別支援学校における教育機会の拡大に注力しているといいます。
ここでは、教育の困難さの程度に応じてカリキュラムが大まかに3つに分かれています。最重度と判断された子どもは、各個人に合わせたプログラムが組まれています。次に重度の場合は、まず生活に必要なスキルを身につけるためのプログラムが組まれ、その他は通常の学習要項に近づけた課程を学習します。さらにそれより軽度と判断された場合は、普通学校と同じ教育課程をこなすか、部分的に普通学校に通うそうです。
各カリキュラムの特徴は、個人の長所や関心の強さに応じた学習内容にしていること。中でも重視しているのはコミュニケーション力、認識力、自立、そして身体発達といった生活に根ざしたスキルを発達させることです。重度のサポートが必要な場合でも、食事の用意をする、など日常の基本的な行為ができるような課程が盛り込まれます。個々に沿ったケアとしては、同じ行為を繰り返す子どもにも少しずつ新しいことを取り入れる動きを試したくなるようなエクササイズや遊びを働きかける…といった試みが行われています。
施設の状況は、動き回っても安全なように壁や床をすべて厚いクッションで覆ったプレイルームのほか、体育館、リハビリ用にも活用できるプールも整備されています。プールでは、スタッフ一人ひとりが各生徒に付いてサポートしながら泳ぎに近い動作を促すなどに活用されています。
このほかにも例えば、身体知覚を発達させるためにヨガ、プールエクササイズを取り入れていますが、これを可能にしているのは理学療法士3人が常駐しているという教育体制・環境の整備です。この結果、歩行できなかった生徒が歩けるようになるといった成果を生みだしています。カリキュラムの細部にまでこだわり、子どもたちが将来にわたって、社会で自立して「普通の暮らし」を送れるようにしているのです。
大学や医療機関とも積極的に連携している同校では、自校の教員の研修に注力していることはもちろん、カムデン自治区内外の学校の教職員や管理職を対象にしたトレーニングを実施しています。また教育に関する研究センターを併設して、教育研修のために国内外でワークショップも展開しているほど教育人材の育成に力を入れています。このように地域など外部と積極的に関わることで最先端の教育のあり方を常に実践しようという学校側の意識の高さをうかがい知ることができます。
参考文献・出典
文部科学省 http://www.mext.go.jp
スイス・コテージ・スクール http://swisscottage.camden.sch.uk
是枝喜代治『イギリスにおけるインクルーシブ教育の実際』
ノーマライゼーションの事例
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