ノーマライゼーションと予算抑制を両立した例
大型施設の建設中止と高齢者住宅の拡充
ノーマライゼーション(ノーマライゼイションとも)は、スウェーデンのニィリエによって概念が広まりましたが、ノーマライゼーションは歴史をみると、デンマークのバンク−ミケルセンによって初めて起草され、提唱されたものです。バンク−ミケルセンは差別を受けることの多かった精神障害者、知的障害者をしっかりとした福祉で支えようと、ノーマライゼーションの理念、意味を訴えました。そして社会にノーマライゼーションが浸透していきました。このように、まず障害者福祉の分野でノーマライゼーションが発達したデンマークには、少子高齢化という課題を抱えるようになった1960年代から、高齢者福祉においても国や地域といった社会全体で取り組み、障害者に対する福祉と同様に少子高齢化社会となりつつある自国の高齢者福祉の充実という課題を解決しようという考え方がありました。
1970年代にオイルショックによって経済が低迷しはじめると、デンマークでは福祉予算を少しでも抑制するという政策がとられるようになりました。高齢者福祉の質を下げずに予算を抑制するために、デンマークが打ち出したのが在宅ケアの充実化です。ノーマライゼーションと福祉予算の抑制、その両立の例をみてみましょう。<br><br>
在宅ケアの充実化の例として、高齢者向け住宅があります。高齢者向け住宅と言っても、ほかの住宅と大きく異なるわけではありません。ただ、独居もしくは夫婦向けであるために間取りは1LDK、2LDKなどと限定されています。居室やリビング、キッチンなど全体的にゆったりとしているほか、廊下やバスルームなど車椅子での移動ができるように配慮された作りであることが特徴です。障害のある高齢者に配慮したバリアフリー、さらには健常者も障害者も平等に使いやすいユニバーサルデザインの家といえるでしょう。デンマークは、増加していく高齢者数に対し、国が運営するような大型施設の建設からは完全に脱却。高齢者向け賃貸住宅の質を高めるように法律で定めました。その法に従って、自治体が建築等に係る規制や制度を運用するようにしたのです。こうして、予算を抑えながら、地域の実態にあったサービスを考え、福祉の質を高めていきました。
共生社会=ノーマライゼーションの実現
在宅ケアに必要なサービスの24時間化、無料化
なんといっても、これら高齢者住宅の集まる街の造りが重要といえるでしょう。デンマーク・スウェーデンの高齢者向け施設を紹介している書籍『北欧のノーマライゼーション』によると、デンマークの首都コペンハーゲン近くのヒョースホルム市にある「ソフィールンド」という町は、地域の市街に近く、福祉や医療のセンターを中心に高齢者住宅が集まっています。さらにその周りを一般住宅が囲むといった造りになっています。つまり、ほかの住民・住宅から隔離しているのではなく、一般的な社会の中に高齢者向けの住宅が溶け込み、障害のある高齢者も障害のない高齢者も、若者や健常者との共生、つまりノーマライゼーションが実現しているのです。
高齢者住宅が一般住宅と同じ街の中にあることで、壮年期までは一般住宅に住み、高齢者になってから転居することになっても、住み慣れた暮らしを続けることができます。また、それまでの人間関係を断つ必要もありません。隔離されたり差別されたりしていた障害者が地域で普通に暮らせるようにすることから始まったノーマライゼーションの例といえます。
病院や商業施設が家から遠いところにあると、高齢者は外へ出むきにくくなり、結果として介護を厚くする必要が生じます。ソフィールンドでは、高齢者住宅の立地が駅やショッピングセンター、病院などに近いため、個人が主体的に外出し、行動しやすいという特徴があります。高齢者の活動を維持、または向上させていると言えるでしょう。
さらに、近隣に高齢者福祉のセンターがあり、各自治体が提供するさまざまな活動に参加しやすくなっています。ここに多くの高齢者が日々通い、地域の人々とのコミュニケーションが図られているのです。たとえ、認知症の高齢者であっても地域の人たちとコミュニケーションをとりながら生活することで穏やかに暮らすことができるといいます。
これらは1982年に定めた「福祉3原則」が背景にあります。その原則とは「自己決定権」「生活の継続性」「残存能力の活用」です。自己の老いのあり方を自分で決定することができ、住み慣れた地域で生活を続ける権利が保障され、さらに障壁を取り除いたりサポートを受けたりすることで自己の力を活用しながらイキイキと暮らすというもの。この原則にノーマライゼーションの考え方が生きています。
高齢者が住む個別の家が集まりながらも、地域に溶け込んで充実した高い福祉を提供できているのには、自治体によるサービスの拡充が背景にあります。高齢者向け見守りサービスは24時間対応となっており、ホームサービスは無料化されています。これらは国の押しつけで行われているわけではありません。国は一定の質を保つための法律を定める一方で、運用は各自治体が行っているので、地域の実情に即したケアや医療等との一体的なサービスを可能にしているといいます。
歴史で見ると、バンク-ミケルセンによって障害者の福祉の向上が叫ばれたことを起源とするノーマライゼーションですが、現在のノーマライゼーションは、障害者を対象にしたものだけとは限りません。ノーマライゼーションとは何かを考えるとき、デンマークで実現されているような地域居住という高齢者福祉の在り方が参考になるのではないでしょうか。また、予算を抑えながらノーマライゼーションを実現する例として、日本でも参考にできるポイントがあるかもしれません。
参考文献・出典
田中一正『北欧のノーマライゼーション エイジレス社会の暮らしと住まいを訪ねて』(2008)TOTO出版
コペンハーゲン政府観光局 http://www.visitcopenhagen.com
ソフィールンド介護住宅施設 http://plejeboligerne.horsholm.dk
ソフィールンドアクティビティセンター http://sophielund.horsholm.dk
ノーマライゼーションの事例
-
スウェーデンの認知症高齢者のためのグループホーム
スウェーデンは、個人による自己決定を何よりも尊重しています。自立して生きることが社会で大きな意味を持ち、当たり前となっているスウェーデンで考案されたのが、グループホームです。グループホームは、主に障害があったり認知症であったりするなど、継続的で長期的なケアが必要な人のための施設。ノーマライゼーションが当たり前になっているスウェーデンでは、グループホームにどのような考え方が反映されているのでしょうか。
2016年10月5日 公開
-
認知症高齢者向け施設のあり方
スウェーデンでは、グループホームは障害があったり、認知症であったりと継続的で24時間のケアが必要な人が入居対象となっています。どのように、認知症などの高齢者が隔離などによって差別されるのを防ぎ、普通の暮らしをするというノーマライゼーションの理念を実現しているのでしょうか。スウェーデンのグループホームの仕組みはどのようなものでしょうか。
2016年10月12日 公開
-
ノーマライゼーションを実現するスウェーデンのグループホーム
ノーマライゼーション先進国の一つスウェーデンで生まれた高齢者向け施設のグループホーム。日本のグループホームと比べて1施設の居住者は少なくありません。それでも、バリアフリーやユニバーサルデザインの施設を活用し、個人の自主性を重んじることで、ノーマライゼーションを実現しています。そんなグループホームの具体例を見ていきたいと思います。
2016年10月12日 公開
-
教育界の分厚い人材が支えるインクルーシブ教育
北欧フィンランドは、ノーマライゼーションの育ての父ニィリエの母国スウェーデンの隣国。そのフィンランドで、インクルーシブ教育(インクルージョン教育、統合教育)が進められています。インクルーシブ教育とは、いわば教育のノーマライゼーションですが、どのような背景で発達してきたのでしょうか。
2016年10月12日 公開
-
フィンランドのインクルーシブ教育
北欧フィンランドで進められているインクルシーブ教育。インクルージョン、統合教育とも呼ばれています。インクルーシブ教育は、学習のための障がいがあっても、障がいのない子どもたちと一緒の教室で勉強するというもの。フィンランドの小学校の授業で実際に行なわれているインクルーシブ教育の取り組みの具体的な事例を紹介します。
2016年10月12日 公開
-
インクルーシブ教育と特別支援施設
教育のノーマライゼーションである「インクルーシブ教育」。インクルージョン教育や統合教育とも言われます。世界各国、各地でさまざまな取り組みが行われています。教育先進国イギリスでは、教育制度の方針としてのインクルーシブ教育を、「特別な教育的支援の必要性がある子どもが、可能な限り通常の学校で教育を受けるべきであるということ」だけでなく、「カリキュラムや学校生活において仲間と一緒に充分に活動すること」と位置づけています。このようなイギリスの教育システムや、さらに特別支援学校の状況とは…。
2016年10月12日 公開
-
さいたま市の制定したノーマライゼーション条例
さいたま市は2011年、全国の政令指定都市に先がけて「ノーマライゼーション条例」を制定しました。障がいのある人への差別や虐待をなくして、障がいの有無にかかわらず誰もがともに普通の暮らしを送れるようにするためです。それによってどのようなことが行われているのでしょうか。
2016年10月12日 公開
-
さいたま市の事例 - ブラインドサッカーの国際試合開催
2011年に、全国の政令指定都市の中で先がけて「ノーマライゼーション条例」を制定した埼玉県さいたま市がブラインドサッカーの国際親善試合「さいたま市ブラインドサッカーノーマライゼーションカップ」を開催しています。視覚障がいのある人とない人が共にスポーツを楽しむ機会の拡大を後押ししています。
2016年10月12日 公開
-
ブラインドサッカーとともに共生社会を推進する企業
2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が近づくにつれ、障がい者スポーツに関心が集まっていますが、なかでも障がいがなくても楽しめるブラインドサッカーが注目されています。ルールや障がい者ならではのコミュニケーションを社員教育に取り入れたり、ブラインドサッカーの機会拡大をサポートしたり…そんな企業の動きをご紹介します。
2016年10月13日 公開
-
ノーマライゼーションの考えと東松山市の学校教育
埼玉県東松山市は、最近では2016年にノーベル賞(物理学賞)を受賞した梶田隆章の出身地として話題になった街。その東松山市は2007年に、就学支援委員会(就学指導委員会)を廃止しました。委員会を廃止したのは全国で初めてですが、障害がある子どもでも、子ども本人や保護者が望む地元の学校に通えるようにする取り組みです。この結果として、どのような変化が出てきているのでしょうか。
2016年10月13日 公開