潮の干満に関らず船着けできる石階段、それが雁木です。満潮時には最上段が岸壁となり、干潮時には最下段が荷揚げ場となります。

雁が飛ぶさまに似ていることから「雁木」と呼ばれるようになったんですね。最上段には明治から昭和期に作られた円柱形の船繋石(ふなつなぎいし)が等間隔で並んでいます。全国でも類のない鞆の浦の雁木の雄大さ。

今では、鞆の浦の代表的な景観として、住民や観光客がゆったり腰を下ろす憩い場となっています。

埋め立てられて今はもうない、かつての雁木

江戸初期に福島正則の家老・大崎玄蕃が満越(道越)の西側に雁木を造ったと文献にはありますが、昭和30年代にコンクリートで覆われています。また大坂屋が東浜に造営した雁木(対仙酔楼前のズベリと呼ばれる傾斜した石敷道)も、現在では県道となっています。

◇対仙酔楼前の県道22号線―かつてはここにも雁木が…

現在に残る「浜の大雁木」 旧観を色濃く保つ鞆の浦の代名詞

現在残っている雁木は、常夜燈前の「浜の大雁木」です。これは、1811(文化8)年に涌出岨(わくでそ)を埋め立てた際に造られたもので、「涌出岨浜大雁木」とも「保命酒浜大雁木」とも呼ばれています。鞆湾に情趣を添える、後世に残したい石階段です。

◇常夜燈とともに鞆の浦といえば、この景観!

雁木の基本情報

2012年7月8日 公開

住所 広島県福山市鞆町

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