平賀源内生祠

2012年12月17日

Photo:Nipponia Nippon

ささやかな石造の卒塔婆と石塔が、

鞆湾をきれいに望見できる、

医王寺の参道の途中に、建っています。



?「平賀源内生祠」。



宝暦2(1752)年に、源内は鞆の津の溝川家の居宅に、

身を寄せていました。



その際に、”源内焼”の製法を伝え、

土の神、かまどの神、そして平賀源内大明神を

”三宝荒神”として祀るように言い残して、

颯爽(さっそう)と去って行ったと伝えられています。

3つ石玉が積まれているのが、”三宝荒神”、ですね。



それにしても、自分を神にして祀れ、とは…。



いやはや、天才の壮語とは、

何とも心地よく響くものです。



そして、

生きている内に祀ったから、「生祠」、

というわけなんですね。



この、「平賀源内生祠」は、

昭和15(1940)年に、広島県史跡にも指定されています。